「営業成績で一番を獲ったこともあるのですが、今は10社を経験して工場で働いています」
以前とあるフリーランスコミュニティのオフ会に参加した際、このように語る男性と出会いました。「つばさ」と名乗る彼は、少し話しただけでも直感的に「営業に向いていそう」と感じるほど面白い人です。どのような営業の活躍エピソードがあるのか、現在はなぜ作業員として働いているのか、将来はどうありたいのか、お話を伺いました。
つばさ さん
33歳で10社を経験。リクルート代理店にて、3ヵ月累計で82名を採用して「採用決定数シェア 東海1位」を獲得。その後の転職先で店舗向けのPayPay導入営業にて契約件数日本一となる。現在は企業で働くかたわら発信活動を継続しています。
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転職できた理由は「過去の実績」が大きい
ーーーこれまでの経歴を教えていただけますか?
専門学校を卒業して20歳で社会に出ました。最初は物流商社で2年半ほど働き、転職してリクルート代理店に入社し、求人広告の仕事をしたこともあります。その後は工場でフォークリフトを動かす仕事をした後、PayPayの導入営業を企業向けに行う会社に転職。その後も転職を重ね、現在は工場で働いています。
ーーー転職を10回経験したと伺いました。一般的に転職回数が増えると再就職は厳しくなるかと思いますが、何か秘訣があったのでしょうか?
営業時代の実績があったおかげで転職できていると思います。求人広告の代理店で働いていた2015年の1〜3月、私の担当するお客様が、3ヵ月累計で82名の採用に成功。その結果、社内で「採用決定数シェア 東海1位」を獲得できました。ちなみに2位の人は40名です。
また4社目に当たるPayPay導入営業では、1ヵ月間で158件の契約を得て「日本一の月間契約件数」を獲得しました。普段は月30件前後でしたが、その時はとある知り合いの人の紹介もあり、一気に契約が跳ねた感じです。なお他の人は、上位の人で1ヵ月20件程度、普通は1ヵ月15件が契約数の相場でした。
営業関係の転職先では、このような実績や経験を話すとだいたい採用されました。工場は、そもそもあまり応募者がいないところだったので入れたかと思います。
求人広告の代理店で成果を挙げることができた要因は「顧客満足度を追求する姿勢」にあり
ーーー営業で成果を挙げることができた要因を教えてください
求人広告の営業をしていた頃は、「目先の契約件数を追うよりも、顧客満足度を追求して、納得していただいたお客様から紹介を獲得した方が良くないか?」と思い、自社の採用媒体を利用していただいている顧客へアプローチをかけていった結果が実ったと考えています。
私が入社したばかりの頃は「自社媒体に求人を掲載するお客様の数」を伸ばすことが評価の指標になっていて、「自社媒体を利用しているお客様の採用数」は評価の対象外でした。しかし私は、まずは利用してくれた人がしっかり採用を成功させて満足してくれることが最優先だろうと思い、ノルマをこなした後は既存顧客のフォローを行っていました。
当時は入社したばかりで、先輩よりもノルマが低かったことが幸いし、フォローを行う余裕が生まれたと思います。また社内でも「顧客満足度を追い求めるのが一番」という認識が広まりつつあり、私が入社して1年も経たずに評価指標が変わったのです。その結果、たまたまお客様から「たくさん採用できたよ」とご連絡いただき、社内で表彰されました。
ーーーPayPay営業の時も同じようなアプローチを行ったのでしょうか?
そうですね。顧客満足度を意識していたのは確かです。実は過去にnoteで書いたのですが、「券売機が壊れたら直すの大変ではないですか?」「追加注文を現金でやりとりするのって大変ですよね?」とアプローチして、一度断られたラーメン屋の店長から「PayPayを導入したい」とお問い合わせをいただいた経験があります。
※該当のnote記事
「絶対やらない」と言った人から『契約したいので来てくれますか?』と言われたセールストーク
ーーー営業方法としては、とにかくお店へ飛び込む感じでしょうか?
はい。私が担当していたエリアはチェーン店の飲み屋が多かったのですが、そういったところはほとんど取り合ってくれませんでした。そこでビルの上から下まで、どんどん飛び込んで営業をしました。
ある時は弁護士事務所や税理士事務所に飛び込んで「お知り合いの社長さんで、PayPayの導入を検討していただけそうなところはありませんか?」といった風に飛び込んだ経験もあります。またある時は、病院にもPayPayの導入営業で飛び込みました。実は保険診療だとPayPay払いがダメみたいで「それなら自由診療でPayPayを導入してみませんか」と提案したこともあります。
敏腕営業が会社を去った理由
ーーーここまでお話を伺って、とても営業として優秀な方かと思いました。そのまま営業として会社で活躍する道は選ばなかったのでしょうか?
選ばなかったというより選べなかったです。求人広告の営業を行っていた時は、新しい上司と折り合いが悪く、かつ私自身の営業成績が下がってきたことなどが重なって退職となりました。
PayPayの導入営業を行っていた時も、理由はほとんど同じです。営業成績自体は良かったのですが、158件の契約から一気に月30件くらいに落ち着いたので、心理的に落ち込んでしまいました。それでも周りは月15〜20件くらいだったので自分の成績は良かったのですが、私自身が調子に乗ってしまった結果周りの協力を得にくくなり、徐々にしんどくなってしまった感じです。
将来は「独立して仕事をしたい」
ーーー今は10社目とのことですが、今後のことは何かお考えでしょうか?
将来的にはフリーランスや経営者として、独立して仕事をしたいという気持ちがあります。実は学生時代から漫然と「起業したい」という気持ちはあり、2社目には社長を相手に仕事ができる求人広告の営業を選んだくらいです。
ーーー学生時代に「経営者になりたい」と思ったキッカケはありますか?
1つは過去に、自分がいじめられっ子だったことがあります。「社長になれば周りを見返せる」という気持ちがありましたね。もう1つは家庭環境の影響があるかと思います。父はサラリーマンでしたが病で働けなくなり、母親が働いていたため親と過ごす時間がありませんでした。
経営者になって仕組みをつくって仕事をすれば、サラリーマンよりもお金を稼ぎつつ時間の余裕も持てるはず、という考えを持っていました。
ーーーどのような仕事で起業するか、既にビジョンはお持ちですか?
正直なところ、今は選択肢が多くて何をしようか迷っています。ただ「周りから求められることをしよう」とは考えています。営業時代、成果を挙げても周りから求められなくなった苦い経験があるので。
最近だと、営業や言語化について教えてほしいという人がいました。こういった人がもっと増えたら、それを事業にして独立しようと思います。
ーーー以前はじめてお会いした時も、周りの人から「言語化が得意」と紹介を受けました。以前から言語化は得意だったのですか?
いや、まったく。学生時代や求人広告の営業をはじめる前まで、「あれ」「これ」といったフワッとした言葉を多用するタイプでした。ただ求人広告の営業として働いていた時、アパレルの店長を7〜8年ほどしていた人が上司として入ってきて、色々あった結果として言語化の習慣がついたと思います。
その上司とは色々あったのですが、特に印象的だったのは、強い言葉でこう言われたんですよね。
「俺は考えたことを形にできる。おまえは経験がないからマネをしてもできない。おまえは言葉を知らない。何が言いたいのか分からない」
このようなことを、事あるごとに言われ続けました。ただ、実際に私は考えをうまく言葉にできていなかったですね。周りからも「あれって何だ」と指摘を受けていました。言語化をがんばろうと強く意識した決め手は、上司から「おまえやっぱバカだな」と言われたことが大きいですね。
ーーーそんなエピソードがあったのですね。
めちゃくちゃ腹が立つじゃないですか。何度も心の中で「このハゲー!」って思いながら、見返してやろうと努力しました。今もInstagramのストーリーで、言語化を続けています。あ、実際に上司はハゲていました。